影武者

今日の運動会の練習では、西文ひろばの土の上で、はだしになって組体操の練習をしました。子どもたちからは、「小石が足に食い込んで痛いよ!」と文句が出ると思いきや、みんな楽しく走り回っていました。「はだしは気持ちいいね」なんて言っています。ピラミッドでは、上に立つ園児全員が成功するかは、本番の運次第です。でも、きっと子どもたちは、その運を呼び寄せてくれることでしょう。

 

さて、「影武者」というと、どんなことを思い浮かべますか。ロシアのプーチン大統領には影武者がいるとうわさされていますが、現代社会での大統領や総理大臣には影武者はなく、きちんとSPが守るというのが普通です。少し古いですが、黒澤明監督の映画「影武者」は、武田信玄が狙撃されたにもかかわらず、信玄にそっくりの者を影武者として、本物の信玄の死を3年隠すストーリーでした。

 

実は、日本の戦国武将には、影武者が居たという史料が残されています。武田信玄は、同じ出(い)で立ちの者が3人か4人ずつ、進軍の時も同じような馬に4人とも、いかにも目立たぬように配置していたそうです。よって、武田信玄は、死の危険を三度までも逃れたと言われています。

 

また、信玄のライバルであった、越後の上杉謙信は、一日一日、出で立ちを変えたそうです。用心深い謙信は、時には、一日のうちに二度三度、武者ぶりをかえていたようです。

 

このように、大将ともなると、自分の死がどれほどのダメージになるかを理解しているで、今の言い方では、最大のリスク回避をしていたのです。一方、そうでない武将もいます。大河ドラマ「どうする家康」で、イケメン俳優の板垣李光人(いたがきりひと)さんが演じる井伊直政は徳川四天王の一人に数えられていますが、まったく対照的で、よく家臣から叱られたそうです。

 

「信玄も謙信も決して臆病ではありません。大将とは命を全うして本望を遂げるものです。ですのに、直政様は、いつも同じ出で立ちで紛れもない(バレバレ)です。大将は余り人の目につく出で立ちはなされないものです」

 

家臣の不安は的中します。直政は関ヶ原の合戦で家臣をおいて単騎で島津勢を追撃。目立つ鎧姿を狙撃され、その鉄砲傷がもとで2年後に死亡しました。

 

「俺が俺が・・・」タイプのトップではなく、いかに組織のことを考え、組織の継続を考えることができる者が、トップの器にふさわしいというのが、歴史から学ぶことなのかもしれませんね。

 

あなたが組織のリーダーなら、どんなタイプですか。また、あなたの組織のリーダーはどんなタイプですか。もちろん、「リーダーたる者」の考えはいろいろあっていいのです。今日は、少しだけ、あなたが思う最適のリーダーを考えてみませんか。