「有害な」男らしさ

保育園の園長としては、子どもたちに「男の子だから」「女の子だから」という言い方で、遊びなどの行動について語ることは、ほとんどないのですが、連絡ノートに「園長の男遊び」という表記をしていたことに気がつきました。男遊びは、子どもたちを投げ飛ばしたり、プロレスの技をかけたりする格闘技系の遊びです。

 

しかし、男遊びに喜んで参加する半分は、女の子ですので、今日からは、単に「園長のプロレスごっこ」と表記することにします。

 

さて、最近は「有害な男らしさ」という言葉をよく目にするようになりました。過激な男らしさへのこだわりが、性差別につながったり、男性自身を苦しめることになるというのです。

 

男の子が乱暴な振る舞いや落ち着かない行動をすると「男の子だから仕方がないわね」「男の子ってバカだよね」などと、親たちが受け流していることの積み重ねが、性差別や暴力につながると言われています。

 

男の子が悪ふざけでスカートめくりをしたことを放任したり、女の子に意地悪をした時に「あの子のことが好きなんでしょ」とからかうことも良くありません。これでは、好意があれば相手が嫌な思いをしても構わないと勘違いをさせるリスクがあるのです。「そういう方法では、好意が伝わらない。かえって嫌われる」と、きちんと親が教えないといけないのです。

 

一方で、有害な男らしさは、男性自身の心身面にも悪影響を与えかねません。「押し付けられた男らしさにずっと嫌悪感を抱いていた」という男性も少なくありません。自殺や過労死は女性に比べて男性の方が圧倒的に多いのです。「男の子だから泣かない」「男なら弱音を吐くな」などと言われて育った男性は、つらくても誰にも相談できずに苦しんでいるケースもあるといいます。

 

私たちのライフスタイルが大きく変化し、年功序列や終身雇用が当たり前でなくなり、専業主婦が減り、女性の社会進出がどんどん進んでいます。また、世界基準で考えれば、様々な違いを受け入れることが当たり前の考えですね。先日の森会長の発言などは、ありえない話なのです。

 

有害な男らしさからの解放は、女性差別をなくすためだけでなく、男性にとっても必要なことなのです。

 

さて、あなたは、どう考えますか。