「一緒に食事」が大切

昨日は母の日でしたね。連絡ノートには、それぞれの家庭でのそれぞれの「マザーズデー」が記されていました。保育園で子どもたちが作ったママへのプレゼントは、紙皿を重ね合わせて、子どもたちが絵を描いたレターケースです。ママ達が喜ぶ姿が想像できますね。パパも一枚噛んだサプライズも多かったようです。

 

さて、私が働いていた会社は、食品会社でしたので、若い頃は、当時の上司に「一人で空腹を満たすための食事は、エサと同じだ。俺たちは、食べ物にかかわる仕事をしているんだから、他人と一緒に会話も楽しみながら、食事をしなさい」と、よく言われたものです。営業活動で次のアポイントまで時間がない時に、駅の立食い蕎麦をかき込んでいる時は、「これって、エサかな?」なんて、思いながら食べていました。(立ち食い蕎麦屋さん・・すみません)

 

もともと人間は、この数百年間、信頼できる人の輪を広げるように進化してきました。脳が大きくなったのは、付き合う人の数が増えて、それに対応するするために社会脳としての機能が高まったためという説もあるそうです。

 

言葉が登場する前に、人と人をつなぐ役割を果たしたのが食事です。ライオンのように数日に一度食べればいい肉食動物やクマのように冬眠する動物と違って、サルや人間は、毎日消化をするのに適した臓器を持っています。しかし、サルは食べる時に分散するのに、人は集まって食事をします。

 

どうしてでしょうか・・・サルたちにとって食物がケンカのもとになるのに対し、人間は食物を親しくなるための道具としているからです。古くから、人間は、食事を社会的手段として活用することによって、信頼できる人間関係を拡充してきたのです。

 

コロナ騒動で、家族の食事の時間は増えましたが、他人との食事が禁じられた状況になっています。今まで考えられなかったライフスタイルの一つが、ウエブ飲み会ですね。在宅勤務の私の長女が、ビール片手に大声で話すのには、大いに閉口するのですが、人間の「他人と一緒に飲んだり食べたりしたい」という本能がさせていると考えると、これも必然的なコミュニケーションの流れなのかもしれませんね。

 

あと少し・・・仲間と顔を合わせて、「一緒に食事」の大切さをかみしめましょう。