嬉しい便りが届きました。2年前に、パパママの故郷の広島に引っ越した3歳児の女の子が、この春小学生になりました。彼女は、クリスマス発表会で、伝説の舞台となった「かさじぞう」で、おばあちゃん役を見事に演じ、園での活動では、当時の仲間たちに大きな影響を与えてくれました。
そんな彼女も、ホワイトきゃんばす在園中の経験を活かして、立派な小学生になっていました。広島でも新型コロナウイルスの感染拡大が迫っていますが、小学校は始まったそうです。頑張っている姿を見て、嬉しくなりました。
今日は、雨降りとなったので、子どもたちは「こいのぼり」作りをしました。時代の流れか、はたまた、新型ウイルスのせいで元気がなくなってしまったのか、外を歩いても「こいのぼり」を見ることが少なくなっています。せめて、子どもたちには、元気な「こいのぼり」を作ってもらおうと思っています。
さて、この春は、「卒業式」の簡略化を余儀なくされた学校が多かったですね。そんな中、埼玉県幸手市の中学校では、卒業生に素敵なメッセージを記した色紙が贈られたそうです。
「ひと みなに 美しき 種子あり」という言葉が、卒業生一人一人に配られました。これは、詩人の安積得也(あづみとくや)さんの「明日」という詩の一節です。
「明日」
はきだめに えんど豆咲き
泥池から 蓮の花が育つ
人皆に 美しき種子あり
明日 何が咲くか
どうですか・・・いい詩ですね。いろんな環境や、いろんな育ちがあるなか、子どもたちひとりひとりの未来は、輝いている。といったところでしょうか。
そして、安積さんは、種子(しゅし)と書いて「たね」と読ませます。この意図は、たぶん次のような考えだと思います。
種には、様々な形や大きさがあり、軽いものもあればヤシの種のように、大人でも持てないような重たいのもあります。安積さんが示した「種子(たね)」とは、「人が皆持っているもの」とも「美しいもの」とも言っています。一言で言えば、「よさ」だと言えるのかもしれません。人は皆、美しき「よさ」があるのだと・・・。
子どもたちを見ていると、心がやさしい・我慢強い・体が丈夫・本が好き・絵が得意・運動が得意・・・何であっても、一人一人、その子どもが際立つものがあれば、それは「よさ」です。
私たち大人は、子どもが持つ「これだ!」という「よさ」を見つけたいものですね。安積さんの言う「種子(たね)」は、子どもたち一人一人が持っている「よさ」なのかもしれません。その「よさ」が自力で育つように、私たち大人が子どもたちにかかわっていきたいですね。
「ひと みなに 美しき 種子あり」・・・覚えてくださいね。