パソコンの原点

アジア大会で、日本の競泳陣が金メダル19個の快挙です。特に、池江選手は、一人で6個の金メダルです。かつての、オーストラリアのイアン・ソープ選手や、アメリカのマイケル・フェルプス選手というスーパースターを思い出しました。

 

池江選手は、そんなスーパースターに近づいています。誰もが、口にする「2年後の東京オリンピックにつなげる・・・」彼女は、間違いなく結果を残すでしょう。

 

比較できる内容ではありませんが、屋上プールで練習に励む子どもたちも、頑張ってますよ。コーチのおやじ園長は、アジア大会のメダリストたちの泳ぎを見て、何かヒントにならないかと、思っているのですが・・・「どうして、こんなに軽く速く泳げるんだろう?」「このスタミナは、どこからくるの?」などなど、疑問だらけになってしまいます。(笑)

 

さて、今朝、新聞を読んでいると、「ウインドウズ95」の記事がありました。そうです、パソコンのソフトなのですが、このウインドウズ95のおかげで、パソコンが、特定の人から「誰でも使える」身近のモノになった瞬間です。

 

忘れもしないのですが、新入社員研修の時に、同期で一人だけ、ワープロを普通に扱う男がいました。何か、時代の先端を歩いているようで、うらやましかったですね。そこで、初任給で、普通なら親に何かをプレゼントするべきですが、ほぼ全額をはたいて、ワープロを買いました。フロッピーディスクという媒体に、データを残すという今では考えられない仕組みです。

 

そして、間もなくして、1995年になります。11月23日午前0時に、国内で一斉に「ウインドウズ95」が発売されました。秋葉原の家電量販店では、ハッピ&メガホンのお決まりの格好で、顧客の購買心理をあおります。テレビなどのマスコミ報道も凄かったですね。

 

しかし、この年には、阪神淡路大震災があり、地下鉄サリン事件も発生しています。「ウインドウズ95」は、そんな世相に新たな風を吹き込んだのです。1995年のパソコンの世帯普及率は、たったの15.6%でしたが、2016年のピークには、79.1%までになりました。

 

今も、こうして「ウインドウズ10」のパソコンを使って、おやじ園長のブログを打っています。たった23年で、世の中は大きく変わっています。現代社会は、さらに時が進むのが早く、5年後も予想できませんね。

 

昭和世代なら、「ウインドウズ95」の思い出も、それぞれあることでしょう・・・