できるようになったこと

今週火曜日の寺子屋の時間。この日の先生は、元小学校の教員です。「寺子屋で、できるようになったことを話してください」という問いに、この春小学校に入学する6歳女の子は、「大きな声で発表したり、人の話を聞いたりできるようになった」と答えたそうです。

 

私が6歳の頃には、はっきりとは覚えていませんが、こんな考えはこれっぽっちも持ったことがありません。(笑)もちろん、子どもたち一人一人の考えは、それぞれですので、6歳女の子のような発言をみんなできるようにするのが、寺子屋の目的ではありません。

 

ふと、自分が学校で学んでいた頃を振り返ってみました。中学、高校時代の話です。

 

「いいか。このプリントの中から、必ず試験に出るから、しっかり勉強しておくように!」という教師の言葉を何度も耳にした記憶がよみがえってきます。

 

試験で、いい点数を取るために、勉強をするという行為は、目的と手段もしっかりしており、間違えてはいませんね。しかし、当時は、安易に「ここは試験にでるぞ」と教師に言われて、動かされていた自分がいました。今になって、「そんなの本当の学びじゃない!」と言えるのですが、若き頃の自分には、そんな考えはなかったですね。苦笑いするような思い出です。

 

「○○幕府ができたのは、何年ですか?」という、年号を答えるテストが多かったので、「いい国つくろう鎌倉幕府1192年」といった語呂合わせを暗記する勉強が当たり前だった時代には、過去の歴史の教訓からこれからの日本を考えるという発想などは、みじんも浮かびません。

 

「鎌倉幕府ができた背景には、日本にはどんな問題があったのか。また、鎌倉幕府によって、日本が大きく変わった点は何か、答えなさい」という問題が、私たちの中学時代に当たり前にあれば、私を含めたおやじ達は、もっと考える人になったかもしれませんね。(笑)

 

保育園の子どもたちには、そんなおやじ園長の、自分ができなかった期待を込めて、たくさんたくさん「考える人」になってもらいたいのです。(笑)